ESP』2003年9月号掲載

 

市民活動インデックスによる

地域差測定の試み

 

 

 

大阪大学大学院国際公共政策研究科教授

 

山内直人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.はじめに

 

 NPO法が施行されて4年半が経過し、NPO法人の数もおよそ1万2千に増加した。

 しかし、NPOの活動、あるいはそれに関連する寄付やボランティアは、日本中で均一に見られるわけではない。市民活動の活発な地域とそうでない地域がありそうだが、それをシステマティックに計測する試みは少ない。たとえば、しばしば関西地域は首都圏に比較してNPO活動が活発だと信じられているが、データによる裏付けは不十分である。

 もっとも、市民社会の質を数量化する試みは内外で様々な角度から行われてきた。たとえば、コミュニティの信頼ネットワークとしてのソーシャル・キャピタルを計測しようとする研究は、すでに相当な蓄積があるほか(注1)、CIVICUS(市民参加に関する国際連帯)の市民社会指標作成プロジェクトでも指標の開発といくつかの国についてのインデックスの試算が行われている(注2)。また、NPOの地域分布の偏りを、様々な要因で説明しようとする研究も少なからず存在する(注3)。

 本稿では、こうした先行研究も踏まえながら、都道府県別にみた市民活動の活発さについて、様々な指標を用いて測定するとともに、こうした指標から市民活動の地域差についてどのようなことが言えるか考えてみたい。

 

2.市民活動インデックスの作成

 

 市民活動の活発さを表す指標を「市民活動インデックス」(Civil Society Index, CSI)とよび、実際の統計データを用いて、市民活動に関連する複数の指標を合成することにより、都道府県別の市民活動インデックスを試作してみたい。

 市民活動は、第一に、非営利組織数やNPOでの雇用数に反映されると考えられる。第二に、非営利セクターへのサポートを表す寄付を市民がどの程度行っているかが市民活動の活発さを表すと考えられる。同様に、労働の無償提供であるボランティアがどの程度広くかつ積極的に行われているかも市民活動の活発さを表す重要な要素であろう。

 このような考え方にたって、市民活動インデックスは、「非営利組織指数」「寄付指数」「ボランティア指数」という3つの指数の合成されたものと考えてみよう。そこで、次に3つの指数を作成するために採用可能なデータ系列について考えてみる。

 

(1)非営利組織指数

 非営利組織指数を構成する系列としては、次の3つを採用する。

@NPO法人シェア:都道府県別のNPO法人数をみると、東京都が突出している。東京は人口が多いから当然だと考えて、試みに都道府県人口で除してみるも、それだけでは東京都の突出は消滅しない。これは、全国的に活動するNPOの本部オフィスが東京に集中しているからであろう。そこで、事業所・企業統計のサービス業に分類される企業数とNPO法人数を合計して、その中でのNPO法人のシェアを求めてみた。このようなNPO法人シェアでみると東京都の突出は見られなくなった。

A非営利組織シェア:事業所・企業統計の社会サービス分野(医療、教育、社会保険・社会福祉、学術研究、政治・経済・文化など)の事業所のうち、「会社でない法人」と「法人でない団体」が占める割合を非営利組織のシェアと考える。

B非営利雇用シェア:同様に、各都道府県内の社会サービス分野の事業所で働いている雇用数のうち、「会社でない法人」と「法人でない団体」が占める割合は、労働市場における非営利シェアを表していると考えられる。

 

(2)寄付指数

 寄付指数を構成するデータ系列としては、以下の3系列を採用する。

C家計寄付性向:家計が収入のうちどの位の割合を寄付しているかという寄付性向を、全国消費実態調査から都道府県別にみることができる。

D共同募金寄付性向:コミュニティにおける代表的な寄付手段である共同募金の実績額の県民所得に対する割合を、都道府県別にみた。

E献血指数:献血を現物寄付の一つの形態とみて、総人口に対する献血者数を都道府県別にみた。

 

(3)ボランティア指数

 同様に、ボランティアについては、以下のような系列を採用する。

Fボランティア行動者率:社会生活基本調査により、1年間にボランティア活動を経験した人の割合を都道府県別にみた。

Gボランティア日数:同じく社会生活基本調査により、ボランティアをした人の年間平均ボランティア日数を都道府県別にみた。

H福祉ボランティア数:都道府県社会福祉協議会が把握している福祉ボランティア数の人口比を都道府県別にみた。

 

 以上、非営利組織指数3、寄付指数3、ボランティア指数3の合計9系列について、都道府県ごとの数値を算出し、それを偏差値に直した上で、単純平均してそれぞれの指数を算出した。

 

3.市民活動インデックスの都道府県比較

 

 このようにして作成した都道府県別の市民活動インデックスは、図1に整理したとおりである。これらから、以下のことが分かる。

 非営利組織指数については、これが高い都道府県は、熊本県、京都府、大分県、宮崎県などであり、一方低い都道府県は、富山県、茨城県、岐阜県などである。

 このうち、特にNPO法人シェアについてみると、指数値が高い順に、京都府、群馬県、三重県、高知県、滋賀県、沖縄県、福井県といった都道府県が上位を占め、逆に愛知県、鹿児島県、富山県などが下位に位置している。

 寄付指数については、沖縄県、香川県、愛媛県、島根県などの沖縄・中四国の指数値が高く、千葉県、埼玉県、神奈川県など、指数地が低いと都道府県は関東に集中している。

 このうち、特に献血率に関しては、沖縄県が飛びぬけて高いほか、北海道、熊本県、石川県、鳥取県などが高く、他方、埼玉県、千葉県、茨城県など関東が総じて低くなっている。

 ボランティア指数に関しては、山梨県、鳥取県、熊本県などが高く、千葉県、東京都、神奈川県など首都圏が低い。ただし、ボランティア指数を構成する要素のうち、ボランティア行動者率とボランティア日数は、異なった傾向を示している。すなわち、ボランティア行動者率は、大阪府、東京都、神奈川県など大都市圏が低く、鹿児島県、山梨県、滋賀県など地方の方が総じて高い。これに対して、参加者のコミットの程度を示すボランティア日数(平均参加日数)では、大阪府、兵庫県、東京都、大阪府、神奈川県など大都市圏が高く、秋田県、鳥取県、山形県、島根県など、地方の方が低くなっている。また、社会福祉協議会系の福祉ボランティアは、地方圏の方が参加者の人口比が高く、大都市圏が低いという結果になっている。

 以上を総合してみると、市民活動インデックスが高い都道府県は、高い方から、熊本県、沖縄県、宮崎県、山口県、鳥取県、鹿児島県と、九州・中国地方が上位を占めている。一方、市民活動インデックスが低い都道府県は、低い方から千葉県、愛知県、茨城県、埼玉県、神奈川県といった順になり、関東の市民活動インデックスが総じて低くなっている。

関西の大阪府、京都府、兵庫県は、いずれも平均に近い市民活動インデックス値になっており、俗に言われるように関西では市民活動が活発というのは、われわれの市民活動インデックスでは裏付けることができなかった。

 

4.結論と今後の課題

 

 最後に、これまでの分析を要約するとともに、今後の研究課題を整理しておこう。

 第一に、市民活動インデックスでみる限り、市民活動の地域格差は存在し、しかも、組織雇用指数、寄付指数、ボランティア指数のいずれでみるかによって、地域差の様相が異なるということである。

 第二に、市民活動インデックスの構成要素の一つであるNPO法人シェアを見ると、NPOや市民活動を積極的に育てようというしている地域、こうした活動に理解があり、それを推進しようと努力している首長を擁する都道府県では、NPO法人シェアが高いようである。たとえば、三重県、高知県などにそれが現れている。

 第三に、一人当たり県民所得などで見て経済的に豊かな県が、市民活動インデックスが高いとは限らないということである。これは、経済の面でトップランナーでなくとも、市民活動の面でトップランナーになれる可能性があるということで、特色ある地域づくりをめざしている自治体にとって朗報といえるのではないだろうか。

 今回の市民活動インデックスは、ごく限られたデータ系列を用いて試算したものに過ぎず、今後の検討課題として以下の点を挙げておきたい。

 第一に、インデックスを構成する個別指標の見直しと拡張である。今回はあくまで試作品ということで、個別指標の吟味が十分できなかったが、市民活動の多様な側面を定量化するためには、もっと適切なデータ系列が利用可能かもしれないし、場合によっては、新たなサーベイによりデータをつくることが必要かもしれない。

 第二に、今回提案したインデックスは、都道府県別のものであったが、市民活動の活発さは、同じ都道府県内でも、たとえば県庁所在地とそれ以外では相当違いがある。市町村レベルまでブレークダウンすることができる系列をうまく選択すれば、市町村別の市民活動インデックスを計測できるかもしれない。

 第三は、市民活動インデックスでみた地域差が生じる原因の検討である。市民活動インデックスの中でも非営利組織指数の地域差については、非営利組織の存在理由に関する理論的、実証的な研究蓄積が援用可能かもしれないが、寄付やボランティアの地域差がなぜ生じるかという点については、興味深い問題であり、今後の研究課題として残されている。また、これに関連して、地域特有の要因を抽出するためには、それ以外の要因を注意深くコントロールしておかなければならない。マイクロ・データを含め、実証分析の方法についても更に検討が必要だろう。

 第四は、市民活動インデックスの違いがコミュニティにどのような効果をもたらすかである。日本総合研究所(2003)では、独自開発したソーシャル・キャピタル指数の高い地域では、失業率が低い、犯罪発生率が低い、出生率が高い、平均寿命が長い、起業率が高い、といった関係があることを指摘している。全体的に明瞭で安定的な因果関係があるとはいえないものの、今回の市民活動インデックスのもたらす効果を考える上でも大変興味深い。

 これらの課題を念頭におきつつ、市民活動インデックスをより情報量の豊かな付加価値の高いものに改良していきたいと考えている。

 

*本稿で紹介する指標の作成にあたり、奥村まどか氏(大阪大学大学院国際公共政策研究科)の協力を得た。

1)アメリカでは、Putnam (2000)14系列の指標を合成して、全米50州のソーシャル・キャピタル・インデックスを計測している。また、日本総合研究所(2003)は、これまでの研究をサーベイするとともに、12系列の指標から、都道府県別のソーシャル・キャピタル指数を試算している。

2)CIVICUSでは、「Structure」「Space」「Values」「Impact」という4つの領域の指標を作成している。本稿で試作するインデックスは、彼らのいう「Structure」に対応するものである(Heinrich and Naidoo, 2001)。

3)アメリカの非営利法人の州別分布に関しては、Matsunaga and Yamauchi(2002)など、日本のNPO法人の都道府県分布に関しては、福重(2002)などの研究がある。

 

参考文献

日本総合研究所『ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて』(内閣府委託調査)20033.

福重元嗣「NPO法人数の予測と決定要因の分析」『ノンプロフィット・レビュー』Vol.2, No.2, 2002, pp.187-195.

Heinrich, Volkhart F. and Kumi Naidoo, From Impossibility to Reality: A Reflection and Position Paper on The CIVICUS Index on Civil Society Project 1999-2001, CIVICUS Index on Civil Society Coodination Office, 2001.

Matsunaga, Yoshiho and Naoto Yamauchi, Is the government failure theory still relevant? Discussion Papers in Economics and Business No. 02-17.

Putnam, Robert D, Bowling Alone, Simon and Schuster, 2000.